ここは妖怪退治を天命とする者達が人知れず暮らす里であった。人々はひっそりと。そして誰にもその存在を知られずその命を全うしていた。

この里には。
青く長い髪を高く束ねた少年がいた。

少年はこの里最大の集団組織、地張衆に属していた。地張衆とは妖怪退治のための完璧なる技術をもつ集団であり、その素晴らしい情報収集力を元に国内外においては隠密活動も行っていた。

少年には力がなかった。
任務にはことごとく失敗し、仲間の足を引っ張った。当然の結果だが、任務における失態は命にかかわる。繰り返すうちに、少年の周りには誰も近寄らないようになっていた。

少年には家族がいなかった。
物心ついたときには両親はそばにいなかった。自分がいつどこで生まれ、兄弟がいるのか両親はどこにいるのか。何もわからなかった。ただ里のはずれで拾われた、とだけ聞いていた。

少年は自分の出生を知りたいとは思わなかった。いまさら知ったところで何が変わるというものではないことを少年は知っていた。どんなに頑張ってもどんなに努力しても報われない。自分はここで一生を厄介物として暮らしていくということに慣れ始めていた。

長い髪を顔に垂らし、うつむきながら里に入った。少年の姿を見つけると里の人間はあからさまに嫌悪の表情を浮かべ顔を背ける。ひそひそと聞こえる自分へ向けた嘲笑。

少年は。
その声を遠く耳にしながら今まで生きてきた。





「 どうした天地丸。　何をしょんぼりしているんだい？ 」




里の中ほどまできたとき、少年を天地丸と呼び、声をかける人物がいた。
大樹を背もたれにして立つ青年というにはまだ若いその男は、天地丸の存在を認めようとしない里の人間の中で唯一、彼に接する人物であった。

「 ははぁ、また叱られたんだな 」

口調はからかっていたが、その瞳には他の里人にはない暖かさがあった。
穏やかに微笑み、天地丸を見ている。

「 ・・彩蔵 」

声の聞こえた方向にチラと顔を向け男の名をつぶやく。
そしてまた顔を下げ、そのまま彩蔵のそばを通り過ぎようとした。

「 おいおいおい、ちょっと待て！　なにシケた面してるんだお前 」

彩蔵に腕をとられ引き寄せられたと思ったら、両手で頬を押さえられ無理矢理上を向かされた。

「・・ッ　離せよ、彩蔵！！」

自分の頬を押さえる彩蔵の腕をとり、その手を剥がそうと力をこめるがビクともしない。背格好は頭ひとつ分くらい彩蔵の方が高いくらいだったが、二人の力の差はありすぎた。悔しくて涙がにじむ。

彩蔵は地張衆の中でも飛龍と呼ばれ、その腕の良さには定評のある男だった。彼の人柄も併せて里の人間はもとより、頭領ですら彼に一目置いている。

「 兄貴だ。　そう呼べっていつも言ってるだろう？ 」

天地丸の抵抗を難なく封じ、目を合わせるように顔を近づける。
人との関わりを嫌っていた天地丸の行動には慣れていたが、あまりの抵抗の仕方に苦笑した。

「 あっ　・・ご・ごめん、兄貴・・ 」

彩蔵の苦笑を見て天地丸は腕を離し、バツが悪そうにした。
彩蔵は自分が小さい頃から何かと世話を焼いてくれ、こんな境遇での里の中の生活を続けていけるのも彼の助けがあったからである。

「 どうした。　任務に失敗でもしたのか 」

任務の失敗は里の信用にも関わった。だが、彩蔵は軽く言いのける。



お前の失敗ひとつで里は潰れやしないさ



今度は天地丸が苦笑した。
彩蔵を困らせたいとはこれっぽっちも思っていない。むしろ、自分に関わることで彼に迷惑が及ぶことを天地丸は懸念していた。

彩蔵は、いつも自分を見守ってくれている。
ただの甘やかしだけではなく、ときには忍としての指導もしてくれる。

それがたとえ同情からくるものであったとしても、天地丸には十分だった。



「 おれに関わると兄貴に迷惑がかかるから・・ 」


視線をそらし、瞳を曇らせポツリとつぶやくその声に。
一瞬の間があったが彩蔵は天地丸に耳寄せ、力強くハッキリと答えた。


「 俺はお前を迷惑だと思っちゃいねえ 」

「 お前を迷惑だという奴がいるってんなら 」

「 ・・皆殺しにしてやる・・ 」


普段の穏やかな物腰の彩蔵の言葉とは信じられず、天地丸は思わず彩蔵に振り向いた。

兄と慕う彼も忍だ。しかも里が誇る一流の腕をもつ。普段どんなに穏やかな物腰であっても、その完璧なまでな任務遂行を知れば彼の元を知ることができよう。

「 なんてな 」

「 え？ 」

途端ににっこりと、天地丸の知るいつもの表情と明るい声を出した彩蔵に、目を大きく見開いたまま天地丸は呆けていた。

「 そうだ天地丸、これを持って行け 」

天地丸を開放すると彩蔵は自分の懐から文書を取り出し、手渡した。

「 兄貴、これ・・？ 」

「 この報告書を詠輪斎さまのところへ持って行ってお前の手柄にするんだ。そうすれば詠倫斎さまも見直してくれるさ 」

彩蔵は報告書を受け取ったものの困惑し、その場で右往左往している天地丸の背中をポンと軽く押し出しだ。その拍子に前へ踏み出し進む天地丸の背中に声をかける。

「 がんばれよ！ 」

振り返り、はにかみながら手を振り天地丸は、詠輪斎のいる屋敷へと駆け出して行った。彩蔵はそれに答え、天地丸の後ろ姿が消えるまで見送った。

そしてひとり、つぶやく。




「 そろそろ頃合いか・・ 」




見上げる空にはまだ白い月が昇っていた。







*****

続きます。

2001/11/26(MON)