断髪

「 ・・あ、兄貴・・ 」

がっくりと彩蔵お決まりの愛情のセリフ（笑）に天地丸は脱力した。
そんな天地丸の仕草に彩蔵は笑いをかみこらしながら、開け放った縁側近くの部屋の中央で手鏡と格闘する天地丸のそばに座り込む。
目の端でそれを確認した天地丸は気にする風もなく、自分の後ろ髪をあっちに引っ張ったりこっちに引っ張ってみたりと忙しい。

「 ・・・髪、切るのか？ 」

しばらくその様子をながめていたが、いつ終わるともしれないその行動に
あいかわらず鏡の中の自分と格闘している天地丸に問いかけた。

「 ああ。　こんなに長くなると動きに障害がでてくる・・し 」

「 ・・し？ 」

彩蔵は言葉の後ろに引っかかるものを感じて続きを促した。

「 ・・俺ももう三十になるし・・ 」

「 ・・し？ 」

さらに促す。

「 ・・・・・ 」

「 なんだ気になるじゃないか天地丸 」

あぐらをかいたその足元に視線を落とし、もごもごと口をこもらせる天地丸には彩蔵の顔は見えていない。

彩蔵は。

悪戯を思いついた子供のように、にやりと意地の悪い表情を浮かべていた。

「 ・・・・・ 」

「 どうした言えないことなのか？ 」

だんまりを決め込み視線を泳がす天地丸は簡単に言いそうにはない。
しかし彩蔵にとっては天地丸を陥落することは容易なことだった。

「 ははあ。　振られたのか天地丸？ 」

「 ・・はあ？ 」

思いっきり困惑の表情で顔をあげた天地丸に対し、彩蔵は知らん振りして勝手に続けた。

「 今夜は赤飯でも炊こうな、天地丸 」

「 ・・な、なんでっ？！ 」

「 お前もオトナになったんだなあ、天地丸 」

ぽんぽんと天地丸の頭を軽くなでながら、オレは嬉しいよと感慨深く向こう側へトリップする彩蔵の手を振り払い目を据える。

「 ・・・っなんの話だ兄貴！！ 」

「 失恋したんだろう、お前 」

「 はああっ？！ 」

思いっきり顔をしかめて天地丸は声をあげる。

「 気にすることはねえ。　失恋したら髪を切るなんてのはよく聞く話じゃないか 」

「・・っ俺は女じゃねえ！！ 」

「 男でも同じことだろう？　オレぁ育ての親としてずっと心配していたんだ。
朴念仁に加えて修行バカのお前のこと。　下手すりゃ一生女と手ぇつなぐことさえないと思っていたからなあ。　いやあ、本当に嬉しいよオレは〜 」

大袈裟な素振りでうんうんと一人納得するような彩蔵に天地丸はうめいた。

「 くっ・・俺だって女と手ぇつないだことぐらいは 」

「 あるのか？ 」

「 ・・・ッ 」

「 ・・ないのか？ 」

「 っあるさ！！ 」

「 ・・じゃあ女は知ってるか？ 」

「 〜〜〜〜〜っもう答えねえ！！！ 」

真偽はともかく、真っ赤な顔をして息巻く天地丸に苦笑し本題を振った。

「 なんで髪切るんだ？ 」

「 〜〜〜〜〜〜っ 」

振り出しに戻る。

「 長いってんなら切りそろえりゃいいだろう？　髪は首回りの防御にもなるし
無理に切ることはないんじゃないのか？ 」

「 ・・・・・ 」

じろりと目を据わらせた天地丸が息を吐き、彩蔵に向き直り意を決したように口を開いた。

「 ・・兄貴は俺の顔、どう思う？ 」

「 可愛いな！（即答） 」

-----ズベシ！！！！

にやけ顔の彩蔵の額に天地丸の手刀がきれいに決まった。

「 真面目に答えろよ、兄貴！！ 」

「 心外な。　オレは思ったまでのことを口にしただけだ 」

手刀が入った個所をさすりながら、にこにこと微笑み応える彩蔵にがっくりと
うなだれる天地丸。

「 俺をからかって楽しいか、兄貴は 」

「 かなり　（即答） 」

「 〜〜〜〜〜〜ッ 」

ぷるぷると拳を作って震える天地丸をなだめ、先を進めた。

「 ・・で、お前の顔と髪を切ることに何の関係がある 」

「 その〜・・最近骨っぽくなってきたというか 」

「 骨？ 」

「 うう〜ん・・髪を結い上げるのがなんというか 」

彩蔵はぺたぺたと自分の頬を撫でさする天地丸のいわんとすることを何となく察し、改めて天地丸を眺めて見た。

幾度となく修羅場を超えた身体は均整がとれ、その経験が見事な肉体へと変換されている。

地張の里壊滅後に続く悪鬼襲来を討伐の後、修行を怠ることなく現在を迎えるいま、天地丸はますます逞しく成長していっていた。

それは幼少の頃にあった幼い面影は消えつつ、年相応に青年の兆しがでているということだったのだが。

「 ・・・・・ 」

彩蔵はしばらく天地丸を凝視したあと、あごに手をおき目を細めた。

「 なるほどなあ。　ガキだガキだと思っていたけど、お前もいっぱしの男の顔になったなあ 」

しみじみとつぶやくように言う彩蔵の口調に、天地丸は無性に照れくさくなってしまった。

「 や、やっぱりおかしいよな？！ 」

「 そうだなあ。　でも切るほどでもねえんじゃねえの？　結い上げなくても後ろでたらしとけばよ 」

「 それは俺も考えたけど、やっぱり邪魔になる・・ 」

「 そうか。　きれいな髪でもったいない気もするが・・ま、天地丸の髪だからな。
お前の都合のいいようにしろよ 」

「 うん・・ 」

何か寂しい気持ちが沸き起こるのは気のせいか。
再び鏡とにらめっこし始めた天地丸の姿に「またくるわ」と声をかけて後にした。

翌日。
後ろ髪をばっさり切り落とした天地丸が彩蔵の前に現れた。

「 ・・こりゃ見事にバッサリいっちまったもんだなあ 」

後頭部を刈り上げるようにされた髪型はその肉体をさらに引き締め、まだまだ未熟ながらも精悍さをかもし出している。
昨日までの天地丸とはまったく雰囲気が異なっていた。

髪型ひとつでこんなにも変わるものなのだろうか。
彩蔵は昨日覚えた寂しさの原因がわかったような気がした。
目の前にいる青年はもはや自分の知っている幼い少年ではない。
経験を積み、いずれは自分の元から飛び立つ若い魂である。

「 さみしいねえ・・ 」

ぽつりと。

自分を見ているようで見ていない、遠い目をした彩蔵に天地丸の方が驚いた。
本当にさみしそうに、ともすれば辛そうにも見える彩蔵のこんな顔などいままで見たこともない。

「 あ、兄貴・・？ 」

天地丸の不安げな呼びかけに自分の意識が飛んでいたことに気がつき、
彩蔵は安心させるためにことさら優しく微笑んだ。

「 よく似合ってるぜ、その髪型 」

わしわしと頭をなでられいまだ子供扱いされてると思いつつ、天地丸は彩蔵のいつもの調子に安心した。
にっこり笑って彩蔵を見る。

「 兄貴とおそろいだよな！ 」

「 ・・・・・・・・・・はあ？ 」

彩蔵は天地丸の言い出す意味がわからず、首をひねった。
天地丸はそんな彩蔵をよそに、にこにこと続ける。

「 髪だよ髪！　昨日本当にどうしようか悩んで悩んでこんなに悩むんだったら
切るのをやめようかとも思ったんだけど、帰るときの兄貴の後姿思い出して。
ああいうの、いいよなあって思ったから。　あ、実際は切ってもらったらちょっと違ったし、俺は俺で兄貴の外っ面だけ真似てもしょうがないってわかってるんだけどさ」

天地丸はここまで一気に言い終えて一呼吸おいた。

「 やっぱり兄貴みたいになりたいよなっ 」

「 ・・・・・・・・・・っ 」

言いたいことを言い終えた天地丸は、何がそんなに嬉しいのかにこにこにこにこと笑っている。

不覚にも。

彩蔵の胸には込み上げるものがあった。

「 ・・・っば、かやろ。　そんなこといったら短い髪のヤツらみんなおそろいじゃねぇか 」

「 っ！！ 」

「 それにオレはそんなに特別変わった髪型をしている覚えはねえぜ？ 」

本当にいま気がついたという風な狼狽ぶりの天地丸に彩蔵は苦笑する。
しかし天地丸は。

「 っいいんだ。　みんな同じようなものでも俺にとっては特別なんだから 」

雛鳥が初めての外界で目にしたものを親と慕うように。
忍という特殊な世界に迎えられた幼い天地丸に外の世界を教えてきたのは彩蔵だった。

「最強の隠忍が何をぬかす・・」

「確かに力はあるけれど！　それだけじゃダメだって教えてくれたのは彩蔵だ！！　だから俺は・・」

かいかぶりすぎだと、最強を謳われる鬼神に自嘲めいて返せば思わぬ言葉が返ってきた。

その顔から笑みは消えたが口を結んだ天地丸はしっかりと彩蔵の目を見据え、
その瞳から強い意思を漂わせている。

間をおいてフッと表情を崩した天地丸は続けた。

「 俺は兄貴の心を目指す 」

静寂が時間を支配した。

彩蔵はゆっくりと目を閉じる。

目の前に立つのは幾多の危機を乗り越え強い意思を持つ若い青年。
少年から青年へ、成長の過程で自分と過ごした日の跡が段々と薄れていく中、表面に見える形にとらわれていたのは彩蔵の方であった。
天地丸はしっかりと内面をとらえている。

「 ・・・・っ 」

厳しい世界の中で天地丸が自分を慕うのは親を慕うそれと同じで
無条件に与えられているものだと思っていた。
ゆえに成長し、自分の手から離れていくことを喜ばしく思うとともに
なんともいえない感情が彩蔵を悩ませていた。

自分の知るものが消えていき、知らないものが増えていく焦燥感。
自分への思いも切り捨てられているような感覚。

一生そばにいるつもりはないが、できるなら留めておきたい相反する思い。

「 ・・・・・・っっ 」

伏せた彩蔵の目の端に光るものがにじんだように見えた。

「 ・・兄貴？ 」

泣いてるのか、とは言わなかった。
いや、聞けなかった。

しばらくすると彩蔵は閉じたときと同じようにゆっくりと目を開け、自分の前に立ち、きょとんとこちらを見ている天地丸の姿に目を細め微笑んだ。

「 ・・しあわせだよなあ・・ 」

ぽつりとつぶやく彩蔵は、本当にこのうえもなく幸せそうに笑っていた。

「 ？？ 」

辛そうに遠い目をしたり幸せそうに微笑んだり、今日の彩蔵の様子は天地丸には不可解なことが多い。
不思議そうにかしげていると彩蔵がにやりと笑いを変えた。

「 兄貴？ 」

「 行こうぜ天地丸。　かよがメシおごってくれるってさ 」

天地丸に並ぶとその肩をぽんと軽く叩き、先をうながした。

「 やった！　おかよさんの料理っておいしいんだよなあ 」

前に押し出されてつんのめりながらも嬉々として先を歩き出した天地丸の背中を見送り、彩蔵はしばらくその場にたたずんでいた。

気持ちを落ち着かせるかのように深く、息をひとつゆっくりと吐く。

「 子供の成長を喜ぶ親の気持ちってのはこんなもんかねえ・・ 」

感慨深くしみじみと。
目を閉じると先ほどのやりとりが思い出され、自然と口に笑みが浮かぶ。

「 まんざらでもないよな 」

笑みを深くすると先を歩いていた天地丸の、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

−終−

2002/03/27(Wed)up

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